海外ボランティア 用語集

  • HOME
  • あなたにぴったりのボランティア選び♪
  • 海外ボランティアに行く5つの理由
  • 一生ものの体験 体験談
  • 貢献できるプログラムの仕組
  • 国際協力NGOぼらぷらとは
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

海外ボランティアならボランティアプラットフォーム♪
知識を身につけるのと同時に、国際協力を肌で感じてみませんか?

国際協力用語集ワード詳細

※一部一致でも検索されます。
※レポート・論文・WEBサイトなどでのご利用の際は参照元として記載・リンクをお願いいたします。

プラザ合意
Plaza Accord

1985年9月22日にアメリカ・ニューヨークのプラザホテルで行われたG5によって、過度なドル高の是正を目的に行われる外国為替市場での協調介入、協調行動への合意です。

プラザ合意とは、1985年9月22日にアメリカ・ニューヨークのプラザホテルで行われた、G5(日本・アメリカ・イギリス・ドイツ・フランスによる先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議)によって、過度なドル高の是正を目的に行われる、外国為替市場での協調介入、協調行動への合意です。
1981年にアメリカの大統領に就任したロナルド・レーガンは、高インフレ抑制を実現させることを目的にして、軍事費や社会保障などへの予算拡大によって、政府支出を大幅に増加させたり、減税を大規模に実施するなどの政策によって、結果的にインフレの収束を目指すレーガノミクスを実施していました。それによって金利は上がり、世界中の資金がアメリカに集中的に流入し、ドル高が進行しました。それらを要因にインフレは改善したものの、インフレが収束して景気が改善していくとともに、結果的に金融緩和が進行し、貿易赤字は増大してしまいました。それによって膨大な貿易の赤字を抱えることになりました。さらにアメリカは貿易赤字と同時に、戦後の積極的な財政運営や、ベトナム戦争などの軍事費によって財政赤字も抱えていて、いわゆる「双子の赤字」に苦しむことになりました。
そのことによって世界経済が悪影響を被ることを懸念して、G5はプラザ合意取り決め、それに従って、通貨を各国一律で10%から12%の幅で切り上げることを目指して、協調介入を実施しました。プラザ合意は実質的に、日本や西ドイツに対して貿易赤字を抱えていたアメリカへの対応策であり、プラザ合意が発表されると、円は1ドル240円から1年が経つ頃には150円台までに達しました。1987年2月にG5にカナダとイタリアを加えたG7が開催され、行き過ぎたドル安の是正を目指して、パリでルーブル合意を取り決めました。合意によって一定の効果はあったものの、それらは各国の協調の不安定さから、プラザ合意から続いたドル安を止められず、ドル安傾向は継続することになります。
日本はこの急激な円高進行によって輸出が鈍り、景気は減退することになりました。日本政府はそれらの対応策として、内需経済の拡大による経済成長促進を目指して、国内需要の充実、公共投資の拡大などの積極的な財政をとることになります。さらに日本銀行は公定歩合の引き下げを行い、金融緩和を実施しました。これらの影響で株式市場や不動産市場に資金が動き、これらがいわゆるバブル景気へと繋がります。

政治経済/条約の用語一覧へ
は行の用語一覧へ