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[ぼらぷらSDGs小論文]

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わたしのSDGsアクション

『SDGsについて』

小論文

『SDGsについて』

(800~1500字でまとめていただく様式です。)

 今の日本の学校の校則は髪の毛の色や長さ、下着の色など厳しすぎると思わせるものが多い。その校則があることで苦しむ生徒もいる。そのような校則は本当に必要なのだろうか。
私は今回SDGsの学びを通してこのような厳しい校則が日本の他国よりも様々な面で後れを取る1つの理由になっていると考えた。
 文部科学省によると、校則とは「児童生徒が健全な学校生活を営み、より良く成長・発達していくため、各学校の責任と判断の下にそれぞれ定められる一定の決まり」とされている。たしかに、校則は私たちが社会のルールを学ぶために必要だという考え方もある。しかし、それは本当に社会に出たときに役立っているのだろうか。個性を尊重することが大切な今の時代に校則=社会のルールとはならないと思う。今まで私は学校の校則とは規律をみださないようにするために必要だと言われてきた。しかし、もっと個性を尊重しよう、じぶんなりの個性をだそうという教育と矛盾しているのではないかと考えていた。
私が小学生のとき宗教上の理由で豚肉が食べられないという子がいた。その子は毎回のようになぜ周りと給食が違うのかと聞かれていた。その子はあまり良い顔をしていなかった。これは今までに周りと同じようになじむことができる、規律をみださないことが大切だと無意識のあいだに教えられていたからだとおもう。校則があるからこそ違った服装、肌の色が悪目立ちをしてしまう場合もある。今の日本には周りと違った特徴を持つ人を退けてしまうような風潮があるからだと思う。実際に外国籍の子供の2~3割は学校に行けていないというデータもある。だからこそ小学生、もしくはそれ以下の年齢から広い世界を知ることが大切だと思う。
そのためにはまず、規律を整えようとするだけの校則を止めるべきだと思う。先ほど述べたように文部科学省によると校則は各学校の判断下のもとであるとされている。では学校ごとにその学校なりの校則をつくるなどの取り組みをして、今本当に必要な校則を生徒たち主体で考えること良いと思う。服装や髪型の厳しい校則がなくなれば、外国から来た人や宗教上の理由でアクセサリーなどをつける人だけでなく、障害のある人も受け入れやすい雰囲気をつくることにもつながると思う。
 校則は学校の雰囲気をつくるものだと私は考えます。今すぐに校則を変えて周りの人との違いを受け入れようという考え方をつくるのはかなり難しいと思う。しかし、今よりも少し良くなればよいという思いで私は校則を生徒も含めて考えるべきだということを提案する。それはSDGs10番の人や国の不平等をなくそうという目標を実現する一歩になると思う。

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