私は、ボランティアプラットフォームが行っているカンボジアSDGs海外ボランティア研修に参加しました。実際に現地に足を運んで気が付いたのは、SDGsの4番の「質の高い教育をみんなに」が目標に設定されている意味と、その必要性です。
カンボジアで目にするものは、驚くことばかりでした。一台のバイクに大人二人、子供三人の合計5人で乗る農家さんや、休憩しているのか仕事中なのか分からないトゥクトゥクの運転手さん、床でも砂利道でも裸足で過ごすゲストハウスの受付の方や小学生、渡るのが難しすぎる信号なしの横断歩道など、町でも、村でも、日本との違いを発見しました。「日本の方が優れている」「カンボジアの方が良い」などとその違いを差として優劣をつけるのではなく、「これが彼らのライフスタイルか、おもしろいな」と自然と受け入れることができました。
しかし、村の小学校で教育現場を見たときに、「日本と違う」と日本との差を感じてしまいました。日本の小学校で言う学校を休む理由と言えば、大体が発熱などの体調不良だと思います。自分の身体が元気じゃないから、行くことができないというものです。しかし、村の小学校では、家の仕事を手伝うために休む子がいるそうです。自分の身体は元気なのに、学校に行くことができないのです。事前にそういうこともあると学習して行きましたが、実際に子供たちに会って、仲良くなってからそれを思うと、より心が苦しくなりました。
また、授業中にも驚くことがありました。それは、勉強道具が十分でないということです。自分が小学生の頃、筆箱には黒鉛筆が四本と赤鉛筆が一本と消しゴムと定規が必ず入っていました。教科書は一人一冊自分のものがあり、ノートは一教科に一冊用意していました。村の小学生たちは、そうではありません。鉛筆を持っていない子が何人かいて、ノートテイクの時間になると先生を呼んで鉛筆をもらっていました。教科書はおさがりで、二人もしくは三人で一冊を使っていました。私は、質の高い教育には、勉強道具が十分にあることが重要だと考えます。
「質の高い教育をみんなに」の達成のために私たちができることは、現地が必要としているものの寄付をするということです。現地が必要としている物を寄付することは、現地の教育の質を上げるために有効な手段だと考えます。私は今回、現地への寄付品として折り紙を200枚持っていきました。鉛筆を持っていない子がいるとは思っていなかったからです。折り紙よりも必要とされているものがあるじゃないかと後悔しました。
今後私にできることは、カンボジアの村の小学校の現状を発信することです。カンボジアを訪れたことがない人にも質の高い教育が実現していないことと、質の高い教育の必要性に気づいてもらいたいです。