私は、今回のカンボジア研修を通して平和に対する考え方が大きく変わった。研修に行く前の私の中でのカンボジアは治安が悪くて危険で怖いというイメージだった。だが実際に行ってみると色鮮やかで、明るいライトがピカピカと輝いていていた。異国を連想させるような景色が広がり魅力的なものばかりだった。しかし、その裏には考えられないほどの残酷な歴史がある。今からたった50年前クメール・ルージュの政権下のカンボジアでは罪なき多くの人たちが殺された。教養や技術があるものを殺し眼鏡をかけていたというただそれだけの理由で殺された。その数なんと150万人に上る。私は実際にキリング・フィールドを訪れ亡くなった人の頭蓋骨や多くの遺品を目にした。説明文に添えられていた絵の中の人は痩せこけていた。収容所に連れられた人は殺虫剤入りの食事をし徐々に栄養失調に陥ったそうだ。残酷なのは当人たちはそれに気づかずに食事をしていたということだ。そして、現在も政権下時代の影響が残っており15歳から64歳が人口の約65%から70%を占めており平均年齢が低いとされている。これはクメール・ルージュの政権下の虐殺や内戦の影響で40から50代の年齢層が少ないからだ。自由を奪われていたカンボジアは発展途上国として経済成長をしている。私は、このような戦争を無くすためにも他人事として考えないことが大切だと考えた。国ガチャという言葉を聞いたことがあるだろうか。ゲームのガチャのように「どの国に生まれるかは運次第であり、それによって人生の難易度が大きく左右される」という現状を表した残酷な言葉だ。私たちがたまたま生まれたのが日本であっただけで今もどこかで苦しい思いをしている人たちを見て見ぬふりをしていい理由にはならない。そこで私たちにできることは二つあると考えた。一つ目は「知る」ことだ。歴史を学ぶ意義というのはこうした残酷な過去を繰り返さないために過去を知り進化をし続けるためだと私は思う。積極的に自分から調べることが私たちが亡くなった人たちにできる唯一のことだ。二つ目は「伝える」ことだ。インターネットが普及し発展が著しくなる一方でSNSでは誹謗中傷やプライバシーの侵害など使い方を間違っている投稿が多く見られる。SNSほど多くの世代に普及しているものはないだろう。身内だけでなく世界中に発信するために上手に使いこなすことが私たちにできることだと考えた。最後に、「可哀想」だと思うのは間違った見方である。私も研修に行く前までは貧困=可哀想というイメージだった。しかし実際に村に行くと子供たちは純粋に楽しんでいて、生きるとはどういうことか私が教えられた気がする。彼らは私たちが当たり前とする日常が当たり前ではなくて些細なことに感謝する姿勢は私たちも学ばなくてはならない。つらい歴史を感じさせず今、そして未来に繋げていくために「知る」ことと「伝える」ことを絶やすことがないようにしようと思う。命の価値に差はない。みんな平等であり尊いものだ。貧しい国の人たちが夢や目標を持ちそれらが環境によって制限されることのないように私たちも私たちができることから行動することが大切だ。だからこそ私は戦争によって多くの命が落とされることのないような世界を目指し続ける。
大変満足
グローバルトレンドについて学びたい
一生モノの学びになった!
いい経験になった!
私は将来国連で働きたいと思っています。そのために実際に自分の目で現地を見て学びたいと思いました。また大体短期で海外に行こうとするとヨーロッパの国だったりが多いけど私は発展途上国に行ってみたいと思っていたのですごく魅力を感じました。自分の将来を見越した上でこのボランティアが必ず将来のためにもなると思ったので申し込みました。
実際に自分の目で見ることでカンボジアについて深く学ぶことができ今の現状や課題そして解決策を考えることができました。自分の目標がさらに明確化され一生に一度の素敵な体験ができました。現地で交流した子供達や全国から集まった仲間との出会いに感謝しています!オークン!
カンボジアでの出会いや体験を活かし最終目標とする国連職員の夢を叶えたいと思います。自分の目で見て肌で感じたことを忘れずに前に進み続けようと思います!
不安な気持ちでいっぱいだと思うけど挑戦をして良かったと思える一週間になります!公開の内容に楽しんでください!
会員様から頂いたメッセージは私達にとって何よりの励みになります!!
ラリーには本当に親切にしてもらいました。いろんな場所を案内してくれたり説明してくれてありがとうございました!現地の先生方も優しくて面白かったです!また機会があればどこかでお会いしましょう
最後にこの素晴らしい研修の機会を作ってくださって本当に感謝しています!この経験が私にとっては一生ものです!本当にありがとうございました。