私がLIVE授業で学んだことは、「人間同士の交流だった」という事だ。私はカンボジアの子供達と関わるのも、そして講師として人に何かを教えるのも今回が初めてだった。初めてづくしの中、指導案を頼りにオンラインをつなぐと画面の向こうには笑顔の子供達がこちらを見ていた。日本の11歳前後の子供達の様子はよくは知らないが、カンボジアの子供達はとても純粋な表情に見えた。「この時間、私が受け持つん
だ...」緊張感が私の心臓を大きく打った。
私はオンラインだということを意識して大きな声でしっかりはっきり発音するようにした。子供たちは画面越しに私の話をしっかり聞き、一緒に発音し日本語を一生懸命に学ぼうとしていた。夢中で授業を進めると最後に少し時間のゆとりがあった。何か聞きたいことはあるかと訊ねると授業に関する文章を使って私に質問をしてくれた子がいた。私は自分のようなボランティア高校生の行う授業にこんなにも耳を傾け学ぼうとしてくれていることに感動し、同時に「講師」としての大きな責任を改めて感じた。
授業は子供達にとって人生で初めて学ぶ出会いの事柄なのだ。子供達は私を講師として一生命話を聞いてくれている。不用意な事を伝えてはいけないし正しく、より深く学んでもらう事が大切だ。私は2回目の授業には質問なども想定して準備をし授業中は、より子供達の様子を見るようにした。よく見ると子供達はじっと顔を上げて話を聞く子、書き留めている子、気に声を出し質問をしてくる子、など様々だった。私はふと先生から見たら私のクラスもこんな風景かな、小学校時代はどうだったのかしらと自分の学校生活を振り返ったりしていた。
子供達と共に授業の時間を過ごし、会話をしたり名前を教えてもらったりして様々なやり取りが出来た。対面ではなかったが、私という日本の高校生、そしてカンボジアの子供達との人間同士の交流があったと思う。カンボジアの子供達が私に見せてくれた前向きに学ぶ意欲、純粋な瞳の輝き、私の心にずっと残る素晴らしい経験となった。