『平等な権利』
私の学校には髪染禁止という校則がある。しかし友達の学校では髪染が許されている。同じ高校生であるのに学校によって校則が異なるのはなぜなのだろうか。そもそも校則とはだれが何のために作って何がしたいがためのルールなのだろうか。私は校則について生徒と学校が納得したうえで存在するべきものだと考える。また、だれが作ったにしろ、生徒にもその校則について抗議できる権利があるべきだと思う。
全国には様々な校則があり、中には理解しがたい校則もたくさんある。特に印象的だったのは女子が坊主にすると退学という校則だ。この校則に何の意味があるのか自分なりに考えてはみたものの答えはみつからなかった。これは生徒たちにも当てはまるのではないかと思う。この校則を守る側の生徒はこの校則の意義を知らずに守って何の意味があるのだろうか。生徒側にはそれを知る権利がある。
では校則を守る理由とは何なのだろうか。日本共産党のアンケートを見ると、守る理由として社会に出た時に困るからと意見が多くあった。私はこの理由に納得がいかない。髪染やアルバイトが許されていると社会に出た時に困るのだろうか。女子が坊主にすることで本当に困るのだろうか。アルバイトの経験からは学べることがたくさんあると思う。また、女性が坊主であることで差別されるような社会ではないと思う。このような曖昧な理由で生徒は納得しているのだろうか。調べたところ、日本共産党のアンケートでは生徒の約7割が校則について理解していないという結果が得られていた。理由がわからないのに守り続ける意味はないと思う。だからこそ、校則の意味を知る必要が生徒にはあると思う。
校則が存在するうえで大事なのは生徒が納得したうえであるだと思う。校則は変えられなくても抗議できる権利は生徒にも設けるべきだ。生徒と学校側は平等な立場にあるため権利も平等にあるはずだ。今回は学校という狭い範囲で考えたが、この平等という視点はSDGsの10番にある人や国の不平等をなくそうという目標にもかかわってくると思う。今のうちに平等について考え、権利を主張することで、社会に出た時にどの国にも誰にでも権利は平等であるということを考えやすくなると思う。考えるだけでなく声に出して主張し、動ける行動力を身に着けていくべきだと思う。