『私とSDGsと世界』
「SDGs」これは、私たちが最近よく耳にする、目にする単語だ。今日では、これを実現するために、多くの企業や研究機関が協力して活動している。しかし、その一方で、「わたしには関係ない。」「あまり詳しく知らない。」という無関心な人がいる。
このような状況を踏まえて、私たちはこのSDGsに、どう向き合い、どう達成していくべきなのだろうか?
私はSDGsを実現するに最も重要なことは、世界中の誰もが「マジョリティ」であることが正解なのではないと考えるようになることだと考える。なぜなら、この世界の一人も取り残すことなく、一人でも多くの人が自分なりの幸せな生活を送ることがSDGsの目的であるからだ。
「孤立すると大変だし、大多数である方が辛くないのではないか。」と考える人も少なくないだろう。特に日本では多いように感じる。
しかし、マイノリティはそれを望んでいるのだろうか。それが彼らにとって幸せなのだろうか。おそらく、これまでの彼らは自己を殺し、息苦しいマジョリティに埋もれて、暮らしてきたのだろう。
ジェンダーを例に挙げてみよう。「性的マイノリティ」これを私も完璧に理解しきれていない。いや、私だけじゃない。誰にも全てを理解し切ることはできないテーマなのだと思う。私たちは体の性を持って生まれてきた。そして、その性をもとに育てられてきた。しかし、途中で気がつく。これは私じゃないのかもしれないと。これは、実は誰にいつ起きてもおかしくない気付きである。今日まで異性愛者だと思っていた私が、明日、両性愛者だと気付く。なんてこともないとは言い切れない。そして、おそらくその時に、私は、マイノリティになった自分をマジョリティに見せ、本当の自分で居られないことに、苦しむだろう。
このように、マジョリティとマイノリティはいつも隣り合わせに存在する。だからこそ、私はSDGs実現のためにはマジョリティが善であり、あるべき姿だという考えを改める必要があると考える。