『教育を受けれる幸せとは』
学びという事は本当に大切なことだと思う。現代社会では義務教育が主流になってきたこともあり多くの事を知るきっかけが作りやすくなった。義務教育のみならず何かを知るという事だけでもそれは学んだということになる。でも世界には国によっては知る機会さえ奪われてしまう人々が大勢いる。だから私は今回義務教育を受けれる機会が身近にあることがどれだけ恵まれていることか話していきたい。まず先ほども話したが学びと言うことと知るということは同じで、どれだけ些細なことでもそれは自分の知識の一つとなる。例えば私の場合絵を描くことが好きで現在は美術の専門分野を中心とした高校で美術を学ぶことができている。最初絵を描くことはただの趣味でしかなかったが今では美術大学を目指しでいる。これは幼いころにペンと紙さえあれば絵は描けるという事を見て知りそれがきっかけとなり絵を描くことは楽しいと知り、絵の仕事があると知り、今このような目標がある。私の場合美術が学べる高校に進学したり、将来について考えることができたり、絵を描くことを続けられるのは毎日知らない美術の知識を与えてくれる先生や親、友達がいるからだ。そしてこのきっかけや出会いを私に作ってくれた主な場所こそが義務教育が行われている学校であった。学校に限らないだろうという人もいるだろうが学校で得られるものはそれだけではなく基本的な常識を簡単に取得しやすいというメリットもある。なので世の中には知りたいと思っても知っていいことを制限されてしまう国があるせいでその国の子供たちは新しいことに触れる手段が制限される上に世の中の常識を難しい方法で学ぶしかなくなってしまう可能性がある。だから学校に通えている限られた時間をぜひ大切に過ごしてほしいと思う。そして考えてほしいのは教育が豊かになった今、日本を含め世界の教育のレベルが高くなっているがそれを受けることができない子供達はどうなってしまうのか。SDGsは「誰も取り残さない」を目標にとしてあるのに国同士のレベルのに格差ができてしまっては意味がなくなってしまう。格差ができてしまう原因として、先生の数が少ないやその前に子供に勉強を教える立場である大人が十分な教育を受けていないということが挙げられる。なので私はそうならないようその国の環境に合わせた教育を私たちが自ら出向いて教えることが必要だとおもった。その国に合わせた教育法というと例えば、パソコンやスマホなどの新しい技術になじみがない国にパソコンなどの授業を急に受けさせても、教えてもらう子供たちは授業内容を理解できればいいがこれから教えなければいけない大人達にとっては覚えなければいけないことが多すぎて混乱してしまう。私たちは伝承していかないといけないので最初はその国にあるもので授業を作り、慣れてきたらパソコンなど新しい技術を導入していくというのが良いと思った。教育に大事なのは教える人たちでその人達が優秀じゃなければいけない。だから大切なのはそのような人物を増やすことでそれを私たちがこれからやっていくべきだと思う。さらに教科書を寄付するという方法もとても効果的ではないかと思った。なぜなら自分の国との文化の違いを感じることができるからだ。社会にでる人たちを増やすには周りのことも知らせておかないといけない。そして文化に触れる際その国の文化に寄り添いながら授業を行うことも大切だ。そうすることによって子供たちにもっと興味を持たせることができより良い授業ができると思う。そうしてもっとより良い教育環境を広めるために政府は教育に制限をかけてる国や他国の文化を受け入れない国に目を向けその現状を解決するべきであると私は伝えたい。
普通
SDGsについて学びたい
いい経験になった!
学校の必須授業のため。
授業を通してsdgsに対しての意見を多く知ることができたので良かったです。
高校では絵について学んでいるので将来は絵の仕事を通してsdgsのことを広めることができたらなと思います。
好きなこと趣味と結びつけて考えると楽しく学べます。