[ぼらぷらSDGs小論文]

わたしのSDGsアクション

『ギフテッド児の教育環境について』

小論文

『ギフテッド児の教育環境について』

(800~1500字でまとめていただく様式です。)

2015年にSDGsが採択された。その一つに質の高い教育をみんなに、という目標がある。学校の教育について、日本では障害のある子供に対する支援が多くある。その一方で能力の高い子供たちの教育は確立されているのか。海外では、才能を伸ばすチャンスを与えるシステムがある。才能を埋もれさせないために、能力の高い子供は必要に応じて海外留学、または海外の学校の制度を日本に取り入れるべきではないだろうか。
確かに、各国に能力の高い子供は一定数いる。日本で、能力が高いがゆえに不登校になってしまったり、困りごとを抱えているのはギフテッド教育が進んでいないからだろう。SNSでもギフテッドの子供の親が、教育や日常生活の悩みを発信しているのを見かけることがある。しかし、海外では飛び級など学生を支援する制度が豊富にある。自分に合った教育が受けられず悩みやストレスを抱えている子供たちが、年齢にとらわれずに、自分のペースで学習できるようにするべきではないだろうか。
実際、日本ではみんなが同じペースで学習していくことがほとんどだ。だが、ギフテッドの割合は全体の2~3%なのでクラスに一人はいることになる。最近では、能力は数字で測れないと言われているため、それ以上いると言う人もいる。そのような意欲や能力が飛び抜けている子供は、学校の生活に物足りなさや違和感を覚えることがあるという。また、能力の高い子供を総称する、ギフテッドという言葉があまり知られていないのだ。教育現場でも、教師から嫌な目で見られたり、周りの人となじめずに孤立することがある。このように、今の教育の制度や周囲の理解を考えると、日本でギフテッド教育が広まるには時間がかかるということが分かるはずだ。一方、海外ではかなり前からこの教育が行われている。さまざまな支援を行っているアメリカでは、1800年代から取り組んでいるという。ギフテッド専用のクラスや飛び級制度、長期休暇中の集中講義など、才能の可能性を最大限に伸ばすことを目的とした多様な教育プログラムがある。すべての教科を飛び級などにするのではなく、得意な教科だけ伸ばして、それ以外は通常クラスで授業を受けるということもできる。生徒の得意不得意に合わせて学習スピードを調整することができる制度が必要だ。
すべての人を同じ型に当てはめようとするのではなく、その人の良さを伸ばし、苦手な面はサポートすることで、個々を認めたり、成長につながるのではないだろうか。また、障害がある人もいれば、知能が高い人もいるように、さまざまな人がいることを理解して広めていくことが大切だ。このように、能力が高いから困りごとはないだろう、と軽く考えるのではなく、教える立場や学ぶ立場の人が教育についてよく考え、ギフテッドの子供が満足できる学習環境を提供する必要がある。そして日本の中だけで解決しようとせずに、海外の考えを参考にするため、必要に応じて海外留学、海外の制度を取り入れることが重要だと考える。

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