僕が今回のボランティア活動に参加したきっかけはカンボジアと日本には「具体的」にどのような違いがあるのかが気になったからです。今まで小学校などでの授業で学んだ感じではどうもイメージがつきにくく、現地の画像を見てもあまりピンとこなかったです。そんな時に、今回のボランティア活動の事を知って現地の子供たちと直接コミュニケーションをとることによって、なにかわかるのではないかと思い参加しました。正直、授業をする前までは発展途上国だしいろいろ苦労しているのだろうといつの間にか発展途上国に不幸なイメージを抱いてしまいました。たとえば、学校に行く暇などなく家で家事を手伝ったり畑仕事や家畜の世話をしているのではないかなどと思っていました。また、授業準備の時は何度かグループのみんなとラインで通話をしました。内容としては、「教材はすべて日本語だが、カンボジアの子供たちはこのレベルについてこれるだろうか。」など、「インターネットや回線が悪くて、音声が聞こえないときはどのようにして対処すべきだろうか。」などと、ありとあらゆるアクシデントに対応できるように何度か打ち合わせを繰り返しました。そして、「日本語が読めない子たちもいるだろうから、単語の下クメール語で翻訳を書こう。」「音声が届かないときは、こちらの手元の教材を大きく、みやすく映せるように大きめの紙にコピーしてこよう。」という解決策を導き出しました。しかし、実際に授業を行ったところ、通信障害はほとんど発生することなく、スムーズに授業が進んだり、ましてやすべての子供たちが教材にある単語を難なく読めたりしたことには、僕はもちろんの事、同じグループのほかの人もビックリしただろうと思います。結局準備した大部分を使うことなく授業が終わってしまいましたが、先生に、「ここまで準備してきてくれてありがとう。」と言ってもらえて無駄ではなかったなと思いました。そして、カンボジアの子供たちは勉強することに対して楽しそうでした。僕は座学のような勉強がものすごく嫌いなので共感はできませんでした。しかし、彼らは、生活環境は良くなかったものの、僕たちより幸せそうに見えました。僕があの年だったときは、親に受験だ受験だとうるさく言われ幸福だなんて微塵も感じませんでした。なので、僕は彼らの生活を壊したくありません。自分に何ができるかと考えた時に、「よりよい学校を建てる」、「医者になって現地に行く」等が思い浮かびました。しかしこれらは時間がかかりすぎます。なので、今からでもできる、募金活動や著名運動のような活動に積極的に参加したいです。