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国際連合が1972年にスウェーデンのストックホルムで主催した、環境問題に対する初の国際会議です。この会議には、世界の110カ国以上の国々が参加し、「かけがえのない地球」をスローガンとして掲げて、「人間環境宣言」が採択されました。
この国連人間環境会議が開催されるきっかけとなったのは、開催国でもあるスウェーデンで1960年代になってから、大気汚染や酸性雨などの環境問題が見られるようになっていて、人々の意識が高まっていたからです。
しかし、この国連人間環境会議を開催するにあたり、先進国と発展途上国との間で意見の対立が起こりました。先進国は、開発を主要なものだけに抑えて、環境をよくすることが最も重要なことだと言う主張をしていました。一方、発展途上国は、経済成長をしなければ発展途上国をとりまく貧困問題の解決には繋がらず、環境問題よりも重要だと言う姿勢を崩しませんでした。その姿勢の代表的な主張として、インドのインディラ・ガンディー首相の「貧困こそが最大の環境汚染である」との言葉があります。こうした対立から、国連人間環境会議の開催には幾度と繰り返された話し合いと時間がかかりましたが、最終的には先進国と発展途上国の両者が歩み寄り開催されることとなりました。こうして開催された国連人間環境会議では、人間の住む環境のを守ることとその向上のためには、自然環境と人工的に作った環境の両方が基本的人権の尊重や、生存権を守るために必要不可欠であり、環境の保護と改善が全ての政府の義務であるとした人間環境宣言が採択されました。また、この人間環境宣言を確実に実行していくために、大気中に出る有害物質の排出を削減・停止させることや、天然資源を保護すること、野生に生息する生き物とその生息地の保護すること、環境を悪化させないための新しい技術の開発研究すること等を定めた国連環境計画を定めました。
この会議以降、世界の環境の改善が期待されましたが、1973年に起きた第1次オイルショックによって、全世界が経済的に衰退してしま待ったために、環境問題に対する政策に資金を回す余裕がなくなり停滞してしましました。その後20年間程は、環境問題に対する世界的な規模の会議も行われませんでしたが、世界経済の回復の兆しが見えた1992年になってようやくブラジルのリオデジャネイロでの国連環境開発会議が開催され再び動き始めました。