[ぼらぷらSDGs小論文]

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わたしのSDGsアクション

『街からゴミをゼロに。』

小論文

『街からゴミをゼロに。』

(800~1500字でまとめていただく様式です。)

国公立1年6組32番 中薗万紘
街にあるゴミについて私はゼロにするべきだと思う。
なぜなら通学中にごみを見ると単純に不快になるからだ。またイメージ的に環境や様々な場面に悪いと言うイメージがある。具体的になにに悪いのか、どうすれば街からゴミがゼロになるのか気になったので調べた。
まず、なぜゴミが街にたくさんあるのかについて焦点を当ててみた。私は日頃街を歩いているとゴミ箱が街中に少ないと感じる。そこでそれがなぜなのか調べた。理由は主に二つあった。まず一つはテロを防ぐためである。日本では1995年3月20日にサリン事件という神経ガスを駅に放出するという事件が起きた。被害者も多く、有名なテロ事件の一つである。世界ではゴミ箱に爆弾を投げ込み、テロを行うという方法が当時増えていたらしい。中身の見えないゴミ箱、誰がなにを捨てたのか誰も把握していないため、好条件であるのは確かだ。そのような背景からゴミ箱への意識が高くなり、政府ではゴミ箱を無くす方向へと取り組みを行なっている。また、家庭ゴミの廃棄や衛生面、コスト的にも無くす方向への取り組みの方が良いとされてきた。
しかし私はその方向性に賛成できない。なぜなら街からゴミが減ることはしょうがないと言われている気がするからだ。たしかに家まで持って帰ればいいという意見もあるかもしれないが、正直面倒なところがあり、実際にポイ捨てを多く行なっている人もよく見る。そこで私はテロ対策などの問題点を克服した上でのゴミ箱を作り、ゴミ箱の増加を試みることで街のゴミをゼロにしたいと考えた。そこでアメリカの透明なゴミ箱を採用しようと思った。透明であるなら中になにが入っているのかわかるため、テロ対策になると思ったのだ。しかし、ゴミ箱があるからといって捨てようと思えるだろうか。いや、思えないと思う。そこで私はゴミの知識、意識が高いスウェーデンでの取り組み、そしてゴミ箱の工夫に賛同できたイギリス・ドイツの政策を紹介したい。まずスウェーデンではエコシティ地区がある。ここでは燃えるゴミで暖房用のお湯を沸かし、発電を行なっている。またその地区の市民は自主的に歩いて通勤通学するなど意識の高い傾向にある。また教育の場で環境についてのカリキュラムがある場合、その取り組みを行なっている証にグリーンフラッグというマークが与えられる。このように街の人々がゴミについての知識を得る場所がしっかりあると言うことが意識の高さにつながっていると感じた。
次にイギリスについてだ。イギリスでは、投票制のゴミ箱を用いている。ゴミ箱が2つに仕切られてあり、近日行われるサッカーの対決の勝敗予想やアンケートなどに投票しながらできるような取り組みがとられている。
最後にドイツではデポジット制いう制度が用いられている。デポジット制とはペットボトルを購入する際、少額の預かり金を支払い、空のペットボトルを返却すると預かり金が戻ってくるという仕組みだ。これはリサイクルを日常化できるいい政策だと思う。
正直、スウェーデン・ドイツは流石だなと思った。小さい頃から環境への関心、知識が付き、再利用できるような仕組みがとられている。真似をするには国の意識を変えなければいけないのは大変だ。しかし、イギリスはどうだろう。一工夫で真似できるようなことだと思った。そこで私たちはアメリカやイギリスなどの政策、ゴミ箱の工夫を受けて新しいゴミ箱を考えた。その名もポイントキャッチャーである。まず、ゴミ箱にカードをかざす。そしてゴミ箱が開く。その中にある分別通りに捨てる。するとカードにポイントが貯蔵される。ここでのポイントは4つある。まず、カードをかざすことで誰がいつ捨てたのかわかる。またこのカードを持ち歩くのが面倒だ、と言う意見があったが近年Suicaをスマホに内蔵できるのでスマホに内蔵できるようにすれば問題ないと思う。次に中の分別だが、その種類の一般的な形で配置し、他のゴミをすれられないようにする。次にポイントが貯まるということだ。このポイントはコンビニなどで利用することができる。またこのゴミ箱は透明であるから不審物が捨てられた場合、すぐに気づくことができる。このゴミ箱が実現するとどのようなメリットがあるのか。ポイントが貯まることで捨てたいと思える。そうすると街からゴミがなくなる。環境の改善、ゴミの処理にかかる経費を他の疎かな所に当てることができる。具体的にどのようなメリットがあるのか。よく耳にするのは二酸化炭素の減少だ。これは地球温暖化抑制にもつながる。次に経費削減だ。今日本ではいくらゴミの処理にかかっているのだろうか。それは1年間に約2兆1000億円もの大金が使われている。また燃やしたゴミは埋立地という所に埋められるのだが、その残余年数は22年という年月である。少ないと思うかもしれないが、それ以降はゴミが埋め立てられず地上に放置されると考えると他人事とは考えられない。
このように私たちと密接に関わっている環境。その逆側の手にはゴミがあるのではと私は考える。環境を変えることは難しくてもゴミを減らし、人が快適にいつまでも住めるようにしていきたいと思う。そのためにも目の前にある一つ一つをプラスになるよう行動したい。めざせゴミをゼロへ。

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