『私とSDGs』
私は日本ではSDGs1番の「貧困を無くそう」、2番の「飢餓をゼロに」への関心が低いと考える。
これは去年の夏、自宅の近くの子ども食堂でボランティアをしたとき実感したことだ。正直なところ、日本でしかも自分の家の近くで子ども食堂のお弁当をもらいに来るほど困窮している家庭はそこまで無いと思っていた。しかし、実際には100人以上の方がお弁当を受け取りにいらした。これはこの経験がなければ気づかなかったことだ。自分達の身近なところに貧困という現状が存在することに気が付くのは日常生活の中ではとても難しいことだ。特に金銭的な格差が比較的少ないと言われている日本ではなかなか実感することができない問題の一つだろう。また、2番の「飢餓をゼロに」については国外からの関心が低いと感じた。学校のイベントでアメリカやフィリピンからいらした先生方と交流した時、ある生徒が日本の金銭の不足によって引き起こされる飢餓問題について言及し発表した。その際の外国の先生方の反応は「日本に食べ物が食べられないような人たちがいるの?」と言うものだった。この反応を受け、日本の飢餓問題の現状はまだまだ諸外国の方々には知られていないのだと思った。確かに、アフリカや東南アジアなどの貧困地域に比べれば飢餓に喘ぐ人々は少ないかもしれない、しかし、多少なりとも問題が存在するならそれを周知の事実にし、解決へと動き出すことが必要なのではないか。この問題も貧困と同様に私たちの身近なところにも存在している。しかし、それは外国人はおろか日本人にも十分に知られていない事実である。
これらの問題に対する、社会の関心の低さが問題解決を先延ばしにしている原因の一つと言えるだろう。諸外国への支援ももちろん大切だが、自国の問題を解決してから行った方が実績を伴う説得力が得られ、支援先の国にも安心感を与えることに繋がるはずだ。全体を通して私が伝えたかったことは、あまり知られていないだけで日本にも貧困や飢餓は確かに存在しているということだ。SDGsの解決を自分とは関係のないこと、と思い込まず身近にある問題を探し、一人一人が少しでもその問題の解決へと動き出すことが大切である。