オンライン授業で出会ったカンボジアの子どもたちは私に学ぶとはどのようなものなのかを改めて教えてくれた。
日本語を学ぶ彼らの目は輝き、そして笑顔で、学ぶことを心から楽しんでいるように見えた。本来、学ぶとはこのようにワクワクし、もっと知りたいと言った好奇心からくるものなのだと思う。
今の私たちはどうだろう。
学校に着くなり不平不満を言ってしまっていることもある。毎日学校に行き、友達と会い、授業を受ける。これは、私たちにとっての当たり前かもしれない。しかし、今この瞬間にも、戦争や紛争に巻き込まれたり、家族のために自分の身を削って働いたりと、学びたくても学ぶことができない子どもたちがたくさんいるのだ。
カンボジアでは、1970年に始まった内戦により教師をはじめとする知識人が次々と命を落としたという。また、校舎が不足したことで子どもたちが教育を受ける機会が失われた。「友達と話したい、もっと勉強したい。」そのような思いを持った子どもたちが溢れていたに違いない。
この内戦の影響で、カンボジアの教育は現在でも多くの課題が残されているそうだ。
教育は国の成長、発展の基礎であり、”何か“を変えたいのならば、子どもたちの教育が何より第一であるというふうに私は思う。
では、学びたくても学べない、そういった子どもたちのために私は何ができるのだろうか。
まずは“知る”ことだと思う。
発展途上国はもちろん、先進国と呼ばれる国々にも貧困や家庭環境のために、学校へ行き学ぶという選択肢が奪われてしまっていること。その中で、特に問題なく学校へ行き、授業を受けるということは当たり前ではなく、何よりかけがいのないものであるということを。正直、私自身教育を受けられない子どもたちがいることをテレビや新聞で見たり聞いたりしたことはあったが、そのことについて深く考えたり、その背景について詳しく知ろうとすることができていなかった。心のどこかで自分とは遠い話なのだと思っていたからかもしれない。しかし、そのような問題を改善、解決することができるのは幸運にも教育を受けることができ、そして世界の今後を担っていく高校生をはじめとする若者の力であると思う。
次に“行動”すること。どんなに知り、考えたとしても、行動しなくてはこの思いは伝わらない。具体的には、募金や寄付、授業ボランティアなどが挙げられる。特に私が大切にしたいのは授業ボランティアなどといった支援方法である。もちろん物質的な支援も重要ではあるが、人と人とのつながりによる、子どもたちのとって一生の財産となるであろう支援に力を入れたい。
このように、まずは私にできることを見つけ、それを広め、行動していくことが遠く離れた子どもたちのために私ができることなのだと思う。
満足
留学に行くはずだったのにいけなくなった、人の役に立ちたい、社会問題に興味がある
勉強になった!
SDGsを学びたかったから。また、ボランティアを通じて新しい世界を体験したかったから。
日本と異なる環境の中、カンボジアの小学生が積極的に日本語を勉強したり話したりしてくれたことがとても嬉しかったです!
現地へ行き対面での活動で、今回のLIVE授業の反省を活かしたい。
目的を持って参加するといいと思います!