カンボジア 教育ボランティアへの海外ボランティア
とても短い時間でしたが、その中で本当にたくさんのことを経験させてもらいました。失敗もあるかも知れませんが、全力で外に向かって開いていこうと思います。そう思わせてくれたこの旅に心から感謝しています。
1人参加で不安、語学力が心配、視野を広げたい、成長したい、人の役に立ちたい、将来の進路に活かしたい、現地の様子が見たい・知りたい
もう一度行きたい
50年も生きてきたというのに、「生きる」意味についてこれまであまり多くを考えることはありませんでした。
私の二人の祖父も、父親も皆、60歳を迎える前に逝きました。
自分もその年まであと10年になって、もしもDNAというものがあるのならば、自分もそこまでかも知れないと真剣に思うようになりました。
定年してからやろう、などと考えていたことは、もしかしたら今やらなければ一生出来ないことなのかも知れません。
「やるべきこと」は「やっておくべきだ」と思いました。そしてそれは「やれるうちに」「やっておくべきだ」とも。
だとしたら、今しかない。最初で最後になるかも知れない時間を、力の限り生きてきたいと思います。
気負過ぎたせいか、わずか2時間しか飛行機に乗っていない乗り継ぎの韓国でさっそく気分が悪くなってしまい、先が随分思いやられたのですが、そこから立ち直って以降は、まったくもって絶好調。頭が痛いも、お腹が痛いも一切なく、それどころか1ケ月以上苦しめられていた「咳」もピタリと収まっていました。
カンボジアの太陽は、それはそれは熱く、空は、とてもとても大きくて、その下で暮らしていくためには、自然と共に、そして周りの人や動物たちと共に生きていく必要があるのだということが、僅かの期間ではありましたが、強く伝わってきました。
何かをあげる、というボランティアでなく、現地の人たちが、現地の環境の中で、自ら何かを始めることを支援することが大切なのだろうと感じました。私たちも一緒に出来たらいいのですが、そういうことでもないのかなと思います。
カンボジアの太陽と、今は全く無縁の日本の心ある若者が、これからも引き続きこの地を訪れて、色々なことを感じて、いいことも悪いことも色んなことを考えて、そして少しずつ行動を起こして、それが何かの形になって、生まれて、壊れてを繰り返して行くのだろうと思います。それはそれはとても長い時間が掛かるのかも知れません。でも、もし、いつか、ここからカンボジアの新しい「道」が芽生えたとするならば、それはとてつもなく素晴らしいことだなと思います。
その芽はここに確かにあります。いつか、きっと何か育つだろう、芽がここに。心ある人に、見に来て欲しいなと思います。そして触って、何かを感じて来て欲しいなと。本音のところ、生涯にもう二度とは行けないだろうと思っていた私も、いつかもう一度その地に行って、ほんの少しの水を撒いてきたいと思っています。
忙しいしなあ、英語もしゃべれないし、本当に今いくべきなのかな?などと、出国前はつまらないことで逡巡していましたが、それはまったく意味のない話でした。「思い切って」行ってみることが、全てを拓くのだということを痛感しています。この経験、これからの人生で何かにトライしようとするならば、勇気をもって「思い切る」ことに活かしたいと思います。某ネット長者の名言ではありませんが、これから残りの人生で一番若いのは、間違いなく今なのですから。思い立ったら吉日、今日やれることは意外と沢山あるものです。
スタッフの情熱が伝わって来た。これからもっともっと良くなっていくだろうと素直に思えた。
生活のリズムの違いも、暑くて大変なことも含めて、そのみんながカンボジアです。ありのままのカンボジアを、ありのままの飾らない自分で受け止めてきてください。まずは水浴びですかね!
会員様から頂いたメッセージは私達にとって何よりの励みになります!!
ぼらぷらスタッフの皆さま、そして現地のスタッフの皆さま、滞在中はお世話になりました。お蔭様で、まさに一生ものの体験をさせていただくことが出来ました。ありがとうございました。
正直な話、これが最初で最後だろうと思っていましたが、ヒムさんの情熱溢れるお話を伺って、現地に忘れ物が出来てしまいました。いつかきっと取りに行きたいと思っています。ちょっと時間がかかるかも知れませんが、ヒムさん、待っててください!