ベトナム スタディツアーへの海外ボランティア
出逢いに感謝
いい経験に
私の生まれた沖縄で過去に戦争が起きたが、その反省は生かされずベトナムという地でソ連とアメリカの代理戦争下で多くの人が命を亡くしたという歴史があったので、戦時中、民間人はどこで暮らして生きてきたのかをより知りたいと思ったから。
私がこのボランティアプログラムに参加しての6日間は気づきの連続でした。
活動の主な内容は孤児院訪問や枯れ葉剤の影響を受けた子供がいる病院を訪れ
ベトナム戦争が終わった現在でも戦争の後遺症が多く残っていることを感じました。
六日間の中では様々な出逢いと気づきのがありましたが孤児院でかんじたことに
焦点をあてて感想を書いていきたいと思います。
孤児院では軽度の障害を持った子から重度の障害を持った子と触れ合う機会があって
多くのことを気づかせてくれました。その子達は様々な事情があって親と離れ離れに
なってるとのことでした。日本だと親が子供と離れることは常識から考えると子供のためにもよくありません。しかし、ベトナムでは家庭による格差も激しく貧困層は多く存在します。子供を養っていくのにもお金はかかりますが、障害を持った子供には病院にも通う必要があり、さらにお金がかかってしまいます。だからといって子供を手放すのは良くないですが、子供が充分な治療を受けるには孤児院に預けて育ってもらうほうが、子供の将来のためにいいと考えるのも一つの選択肢であるのでしょう。日本にいると気づかない一つの気づきでした。二つ目の気づきは孤児院にはボランティアで多くの人が来ます。しかし、ボランティアといっても時間は限られており、子供達は出逢って仲良くなった人達と別れを繰り返すのです。そこで感じたのは平等に与えられる愛だけじゃなくて自分の家族から受けているような特別な愛が孤児院の子供達に必要なのかなと感じました。だから一回きりの出逢いで終わるのではなく繋がって行ける仕組みをつくっていくといいのかなと感じました。私は今回のプログラムを通して、笑顔と気づきを与えられ今後の活動に生かしていけたらと思いました。いや、活かします。そんな気持ちでいっぱいです。
今回はベトナムの孤児院に訪れましたが、日本にも震災で親をなくした子、家庭の事情で孤児院にいる子は存在します。今回学んだことをプログラムで終わりにすることなく自分達にできる事として、国内の孤児院子達とも触れ合う機会を設けていきたいです。
多くの気づきを与えてくれた。
ボランティアに抵抗のある人にはその一つ前のスッテプのプログラムだと捕らえて参加してほしい。